騎士と塔の姫 01
与えられた仕事に、最初は不満の声を上げた。
「牢の監視、ですか」
そうだ、と頷かれて思わず眉を寄せた。この前までは先輩が着いていた仕事。
それが今度は自分へと回ってきた。それだけのことだが不満は大きく苛立ちを感じた。
着いている期限は半年。その時間は酷く長く感じた。
「お前が最後の監視だ。あれは半年後処刑される」
その言葉に余計に気が重くなった。
ここは協会だ。この国の国教を司っている。
そして俺たち神聖騎士とは神の教えに背いた罪人を捉え罰する者。その協会に捕らえられていると言うことは罪を犯した者だと言うことだ。
死を与えられるほどの罪。そんな者に近寄りたくなどなかった。
ギイィと錆びた重い鉄の扉が鈍い音を立ててそれが酷く不快で眉を寄せた。
見張っていなければいけない牢があるのは協会の外れにある塔の最上階だった。
この塔の最上階以外はここに働く者達のためへのスペースだった。
自分も半年はここで生活しなければならない。部屋は与えられていた。
出入りも自由だが、罪人と同じ場所で生活しなければならないと言うことが酷く不快だった。
自分の他にも神聖騎士はいる。1人で一日中見ることは不可能だ。
俺は正午から夜の九時あたりまで牢の前で見張る。他にあと四人いるが、そいつらは夜に交代で俺になるまでの間を担当する。
俺だけが圧倒的に勤務時間が長い。何故かは知らない。
他にも食事や選択など基本的な世話をする使用人が何人かいるだけだ。
基本的な生活に必要な者は全て揃っていた。
それは罪人の閉じこめられる最上階でも変わらなかった。
錆び付いた不快な音を立て開いた最上階への厚く重たい扉の向こう。目に付いたのは白、だった。
汚れのない白いワンピース。扉の開く錆び付いた音がしていたのにも関わらずこちらを振り向くことも身動きをすることもせずに背を向け続ける背中。
その頼りない小さく細い背中を流れる床に着くほど長い漆黒の黒髪。
「ねぇ、あなたはかみさまをしんじてる?」
初めて聞いた言葉は、それだった。
俺はこの時何も、返さなかった。神聖騎士である俺にその質問は愚問過ぎた。何より、罪人と話したくはないという意識が強かった。
「ねぇかみさまの声を、きいたことある?」
少女の声が、また響く。彼女はこうやって時折質問を問いかけてくる。
それ以外にはただ小さく切り取られた空を見上げ続けるだけ。何の意味があるのかは分からない。
ただ、問いかけられる度に俺は思う様になった。……──彼女は一体、どうしてここにいるのだろうか、と。
思えば、この少女の罪状を俺は聞いていなかった。この幼い少女が、殺される理由を、俺は知らない。
「…ない」
だから、俺は短くとも、彼女に言葉を返してやるようになった。
少女の何かを探るように。
「わたしはきいたことあるの」
かみさまの声、と小さく付け足された声にフッと彼女のまだ見たことのない顔をジッと見据える。
神の声、それは協会の司祭様しか聞くことの叶わないはずの聖なるモノ。
それを少女が聞いたことがあるとはどういう事なのか。
「かみさまはねわたしに言うの“わしがおまえのかみだ”って」
少女はそれだけ言うとまたいつものように黙り込む。
その折れそうなほど小さくて細い後ろ姿は、何処か痛々しくて。
「…そう、か」
それだけ、小さく返し、俺もまた黙り込む。
こんな会話はいつまで続くのだろうか。途切れるとしたらそれはきっと、彼女の身が処刑されるその時なのだろうと茫然と思う。
少なくとも今、彼女の監視を止める気は無くなっていた。