騎士と塔の姫 02
まだ長い終わりを見上げ、小さく溜息を吐き出した後、俺は止めていた足をまた歩ませ始めた。
少女牢は塔の最上階にある。そこにたどり着くには長い階段を上っていくしか方法はなく。もう毎日のことだが少し嫌になる。
そこでふと、何かの音を耳が拾った。耳を澄ませば途切れ途切れに歌らしき澄んだ音が聞こえる。
「…賛美歌?」
階段を上がる事にその言葉ははっきりと言葉になっていく。澄んだ、美しい旋律。
──あぁ、どうかお救い下さい
哀れな花を この歌があなたの元へ届いたならば
あぁ、どうかお聞かせ下さい
救いの声を この歌があなたの元へ届いたならば
あぁ、どうかお見せ下さい
奇跡の光を この歌があなたの元へ届いたならば
あぁ、神よ
救いをその身に抱いて 愛しみを
わたしの神様
どうか永久に この救いの歌が
あなたの元へ届いていますように……──
いつの間にか俺は、少女の居る牢の扉を開けていた。
あの歌は途切れ、今は聞こえず。少女はいつものようにこちらに背を向けたまま。
「…お前が歌っていたのか?」
いや、それしかあり得ない。しかし、どうにも信じられなかった。子供のような舌足らずに話す彼女の、あの歌のしっかりとした声。
澄んだ、音色。そして悲しくなるほどの、切望が込められていたような気がした、その声に。
思わず聞いていた。望んだ答えは、何なのか。
「わたしはね、カナリアなんだって」
ピクリと、手が震えたのが分かった。カナリア、それは何処かで聞いたことがある。
顔が強張っていくのが分かる。
「カナリアは、きれいなこえで歌わないと、ころされちゃうの」
カナリア、そうだ。カナリア。この国の王城で耳にしたことがある。否、良く耳にする言葉。
“新しいカナリアが後宮に”“今のカナリアは、王がお気に召していないと…”“あのカナリアはもう駄目だ”
よく、耳にする言葉たち。
後宮には、王の趣味でいろいろなカナリアが飼われている。そう、それは多くの人間が知る事実。
…──人、だったのか。
では、今まで駄目だと言われ処分されてきた“カナリア”は一体どうなっていたのか。
そんなことは、今の少女を見れば直ぐに分かるだろう?
そう、教会が、罪人として“処分”してきたのだ。
罪のない少女達を。目の前の少女を。
「ねぇ、よごれたわたしの声は、かみさまにとどくかな」
この声は、酷く切なくて。思わず唇を噛み締める。
その身体を抱きしめてあげたかった。大丈夫なのだと。
しかし、そんなことは出来るはずもなかった。自分は、彼女を処刑する側の人間だから。
「─…届く。届いている」
そう、彼女の声を肯定する事しかできなかった。ピクリと、少女の細い肩が震える。
「………ありがとう」
悲しい、そして何処か安心したような声だった。ギリッときつく手を握りしめる。
この時湧き上がってきた感情は何だったのか。しっかりと今はまだ理解することが出来なかった。
彼女を救うことの出来ない無力か、それとも自分も彼女を死に追いやる内の一人だという事実か。
心の奥からこみ上げてくる激情を、理解することは出来なかった。
出来ることはただ手を握りしめ、喚き散らしたくなるようなこの感情を抑えつけて耐えていることしか出来なかったのである。